産業医の交代は、珍しいことではありません。従業員数や拠点の変化、産業医側の事情、進め方の相性など、理由はさまざまです。交代そのものは事業者の判断で行えますが、選任義務のある事業場では、選任の期限や労働基準監督署への報告が法令で定められており、2026年8月1日からは辞任・解任等の報告も義務になりました。
この記事では、交代を円滑に進めるための手続きと引き継ぎに絞って、代表産業医がまとめます。後任の探し方や契約の内容は、「産業医の探し方|契約後の行き違いを防ぐために、契約前に確認したい7つのこと」と「産業医との契約|契約形態・契約書で確認する項目・選任の手続き」で解説しています。
※本記事は2026年9月時点の法令・公表資料に基づいています。
1. 交代を検討する場面
交代を考えるきっかけは、会社側の事情、産業医側の事情、進め方の相性の3つに整理できます。
会社側の事情としては、従業員数の増加で面談や相談の件数が増えた、拠点の移転や統合で訪問の条件が変わった、特定の業種への対応や英語での対応が必要になった、といった変化があります。また、従業員とのコミュニケーションや、日程の調整が難しく衛生委員会への出席が少ないこと、といった点から検討が始まることもあります。産業医側の事情としては、スケジュールの都合、転居や勤務先の変更、体調などがあります。進め方の相性は、面談の進め方、意見書の説明の分かりやすさや作成までの時間、人事担当者との連絡の取りやすさなど、実際に業務を進めるなかで見えてくるものです。
いずれの場合も、検討の軸は「前任の産業医をどう評価するか」ではなく、「これから自社に必要な対応に合うか」に置くと整理しやすくなります。必要な対応を整理する際は、「産業医の探し方」で挙げた契約前に確認したい7つのこと(対応範囲、担当、日程、面談と意見、実施方法、契約時間と業務量、契約範囲と条件)が、そのまま後任に求める条件の一覧として使えます。必要な対応が変わり、担当の産業医が対応することが難しい場合には、交代も自然な選択の一つになります。
なお、常時50人以上の労働者を使用する事業場では、前任の辞任等により選任すべき事由が生じた日から14日以内に後任を選任する必要があります。実務上は、産業医がいない期間をできるだけつくらないよう、交代を決めてから動くのではなく、後任の目途をつけてから前任との契約を終える順番で進めます。
2. 手続きの4区分
交代に伴う法令上の手続きは、「後任の選任」「選任の報告」「辞任等の報告」「衛生委員会への報告」の4つです。それぞれ期限と相手先が異なります。
後任の選任(14日以内)
産業医の辞任や解任があったときは、その日から14日以内に新たな産業医を選任する必要があります(労働安全衛生規則第13条第1項第1号)。この期限は選任義務のある事業場(常時50人以上)に適用されます。
選任の報告(遅滞なく)
後任を選任したときは、遅滞なく、所轄の労働基準監督署長に報告します(同条第2項)。選任報告は電子申請で行います。添付するのは、後任の産業医の医師免許証のコピーと、産業医の資格を証明する書面(産業医認定証など)のコピーです。
辞任等の報告(2026年8月1日から義務)
2026年8月1日から、産業医の辞任、解任または退任(辞任等)があった場合に、その産業医の氏名と辞任等の年月日などを、遅滞なく所轄の労働基準監督署長に報告することが義務になりました。それまでは選任したときの報告だけが義務でしたが、産業医が不在になった状況も行政が把握できるようにするための改正です。
ただし、新たな産業医の選任報告と同時に前任の辞任等を報告した場合は、辞任等の報告を別に出す必要はありません。後任が決まってから前任との契約を終える通常の交代では、選任報告に前任の情報を含める形で足ります。一方、後任が決まる前に前任が辞任した場合は、辞任等の報告を単独で出す必要があります。報告は電子申請が原則ですが、当分の間は書面による報告もできます。
なお、労働者数が50人未満になったことに伴う辞任等については報告義務はありませんが、厚生労働省は選任状況の把握のため、監督署へ報告するよう依頼しています。
衛生委員会への報告(遅滞なく)
産業医が辞任したとき、または産業医を解任したときは、遅滞なく、その旨とその理由を衛生委員会(または安全衛生委員会)に報告しなければなりません(同条第4項)。労働基準監督署への報告とは別の手続きで、直近の衛生委員会で報告するのが通常です。委員会の議事録に記載し、議事録は3年間保存します(同規則第23条第4項)。
この報告の対象は「辞任・解任」で、労働基準監督署への報告の対象「辞任・解任・退任」より狭くなっています。契約期間の満了による退任の場合は、法令上の衛生委員会への報告義務はありませんが、産業医が変わることは委員会で共有しておくのが自然です。
理由の書き方について、産業医自身の健康上の事情など機微な内容が含まれる場合は、産業医の意向を確認したうえで「一身上の都合により」「契約期間満了により」といった表現で報告して差し支えないとされています(厚生労働省の解説)。この報告の仕組みは、産業医が勧告や意見を述べたことを理由に解任されることがないようにするためのもので、事業者は、産業医が職務として行った勧告等を理由として解任その他の不利益な取扱いをしないことが定められています(労働安全衛生規則第14条第4項)。
期限と相手先の整理
- 後任の選任:辞任等の日から14日以内(事業者が選任)
- 後任の選任報告:選任後、遅滞なく(所轄の労働基準監督署長)
- 前任の辞任等の報告:遅滞なく(所轄の労働基準監督署長。選任報告と同時なら、選任報告に前任の情報を含める形で足ります)
- 辞任・解任の旨と理由の報告:遅滞なく、通常は直近の委員会で(衛生委員会等)
- 契約の終了通知:契約書の定めによる(前任の産業医または契約の相手先)
契約上の予告期間は法令の期限とは別のものです。予告期間、後任探しに必要な期間、14日の選任期限の3つを並べて、日程を組みます。
3. 交代の流れ
「後任の目途をつけてから、前任との契約を終える」の順番で進めると、産業医がいない期間を避けやすくなります。
- 現在の契約の確認:契約期間、解約の予告期間(日本医師会の参考契約書の例では期間満了の1か月前まで)、期間の途中で解約する場合の条件を確認します。契約書に定めがない場合は、前任の産業医と相談して終了日を決めます。契約の相手が産業医個人ではなく、産業医の紹介や支援を行う事業者や医療機関などの法人である場合は、解約の申し入れ先はその法人です。法人との契約を続けたまま担当の産業医だけが変わる場合は、契約の解約はありませんが、選任の変更と報告は同じように必要です。
- 後任の候補探しと条件のすり合わせ:訪問頻度、業務の範囲、料金、開始できる時期を確認します。探し方と確認したい点は「産業医の探し方」を、契約の内容は「産業医との契約」をご覧ください。
- 解約の申し入れと日程の設定:前任の産業医(または契約先の法人)に契約終了を申し入れ、最終訪問日を決めます。申し入れは、日付が残るように書面またはメールで行うのがよいでしょう。
- 引き継ぎ:継続中の案件と、必要な書類を整理して、後任が必要な場面で参照できるようにします(次章)。
- 選任と報告(所轄の労働基準監督署長):後任の選任日から遅滞なく、選任報告と前任の辞任等の報告を行います。
- 衛生委員会への報告と従業員への周知:委員会で交代の旨と理由を報告します。また、産業医の選任に際して、事業者は、産業医の業務の内容、健康相談の申出の方法、産業医による心身の情報の取扱い方法を労働者に周知する必要があります(労働安全衛生規則第98条の2)。掲示物や社内ポータルに産業医の氏名を載せている場合は、後任の氏名に改めます。
4. 引き継ぎで途切れさせないこと
手続きと並んで大切なのが、継続中の案件の引き継ぎです。
継続中の案件
休職中で復職の時期を検討している方、復職後の配慮が続いている方、面接指導の後にフォローが必要な方、健康診断の結果で就業上の措置が続いている方など、経過を見ている案件を一覧にします。案件ごとに、これまでの経過、産業医意見、次に予定している対応を整理し、後任の産業医が必要な場面で参照できるようにします。
個別の案件以外で確認しておくこと
- 職場巡視で指摘があり、改善の確認がまだの事項
- 衛生委員会の年間計画と、継続して審議しているテーマ、予定している衛生講話
- ストレスチェックの実施者・共同実施者に前任の産業医が入っている場合は、次回の実施体制
5. よくある質問
契約の途中でも交代できますか?
契約書の解約条項によります。期間の途中で解約する場合の条件(予告期間、残期間の報酬の扱いなど)が定められていればそれに従います。定めがなければ産業医と協議して決めますが、不明な点があれば法律の専門家に相談する方法もあります。契約の終了日と後任の開始日の間に空白をつくらないことは、14日以内の選任を確実に行い、産業保健業務を途切れさせないためにも大切です。
辞任等の報告は、後任の選任報告と別に出すのですか?
同時に報告すれば1回で済みます。前任の終了と後任の開始が近い日付であれば、後任の選任報告のなかで前任の辞任等を報告する形が通常です。
交代の理由を従業員に説明する必要はありますか?
従業員に対して理由を説明する義務はありません。衛生委員会には、辞任・解任の旨とその理由を報告する必要がありますが、理由が機微な内容を含む場合は「一身上の都合により」などの表現で差し支えないとされています。従業員への周知の内容は、3章の6をご覧ください。
従業員50人未満の事業場でも手続きは必要ですか?
選任義務がないため、選任報告や辞任等の報告は必要ありません。労働者数が50人未満になったことに伴う辞任等についても報告義務はありませんが、厚生労働省は選任状況の把握のため、監督署への報告を求めています。なお、契約上の解約手続きと引き継ぎは、事業場の規模にかかわらず同じように行います。
6. 当事務所へのご相談
中央総合産業医事務所では、産業医の交代に伴うご相談をお受けしています。前任の産業医からの引き継ぎ、選任報告に必要な手続きのご案内、継続中の案件の面談まで、代表産業医が直接担当します。契約の開始日は、前任の契約終了日に合わせて調整できます。
ご契約までの流れは「ご契約の流れ」、料金は「料金のご案内」をご覧ください。
参考資料
- 厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署「労働者数50人以上の事業場の皆様へ 産業医による労働者の健康管理等を徹底しましょう」(2026年4月) https://www.mhlw.go.jp/content/001480782.pdf
- 鳥取労働局「労働者数50人以上の事業場の皆様へ 令和8年8月1日から、産業医の辞任等に関する報告が義務化されます」 https://jsite.mhlw.go.jp/tottori-roudoukyoku/newpage_02797.html
- 厚生労働省「労働安全衛生規則の一部を改正する省令の施行について」(令和8年4月28日 基発0428第4号) https://www.mhlw.go.jp/hourei/doc/tsuchi/T260515K0010.pdf
- 厚生労働省「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律による改正後の労働安全衛生法及びじん肺法関係の解釈等について」(平成30年12月28日 基発1228第16号) https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc3844&dataType=1&pageNo=1
- 日本医師会「日本医師会認定産業医制度 嘱託産業医の心得と契約の手引き」(2026年5月) https://www.med.or.jp/dl-med/teireikaiken/20260610_33.pdf
- e-Gov法令検索「労働安全衛生規則」 https://laws.e-gov.go.jp/law/347M50002000032
